みのもんたを養護する異様なマスコミ 〜朝日新聞の恐ろしい記事〜
まず始めに――あなたがもしも尊敬を受けたいとしましょう。対象は友人や家族でもいいですし、もっと広い世間からでもいいです。
その際、一体何をすればいいでしょうか?何をするべきだと考えますか?
小説を書くのもいい手段ですし、絵画を始めるのも悪くない手段です。今ならボランティアに出かけるのも、被災された方にとっても良い選択肢なのでしょう。
ただし勘違いして欲しくない――というよりも、殆どの良識ある日本人の方はご存じでしょうが、『尊敬とは目的ではなく、個々が出した結果に対してついてくるもの』であると私は考えます。
今日の記事は“それ”を取り違えた人間のお話です。
みのもんた氏が幾つかの報道番組を降板し、バラエティは続行すると決めました。結果、残された番組のスポンサーには大量の抗議の意見が送られています。
(私も含まれます)
と言うのも何度か記事で取り上げているように、『みのもんた氏は次男の窃盗容疑が問われているのではなく、自身の生放送でのセクシャルハラスメントが問題になっている』と。
明らかに嫌がる女子アナウンサーの臀部へ手をやり、彼女が嫌がってセクハラをするみのもんた氏の手を払う様子が残されています。
元々みの氏のご子息が犯罪者だった以前に、ネットではこの事件が取り上げられ、スポンサーやTBSに対する追求がなされていました。
にも関わらず、みのもんた氏は番組降板の理由を次男にすり替えるという、卑怯極まりない手段で逃げようとしているのです。
さて、当然のようにマスコミ各社は全力でみのもんた氏を擁護します。
彼が『匿名の集団の妬みによって番組を降板せざるを得なかった、可愛そうな被害者』であるかのように報道し続けました。
実際にみの氏のセクハラには一切触れず、こんな記事を書く始末です。
実に興味深い事ですが、この記事には現在のマスコミの病巣が全て現れています。
まず『お茶の間目線』と『あえて事情を分かろうとしない』――つまり、テレビや新聞、自称ジャーナリストの皆さんは、
『政治や経済をちっとも知らない素人を持ち上げ、その意見をその天の声のように崇めてきた』
んですね。身に覚えがありませんか?
例えば『重要法案や経済対策の中身には触れず、カップラーメンの値段やほっけの煮付け、漢字の読み間違いで人格攻撃』するとか。
(ちなみにみのもんた氏は朝ズバだけで年間9億円の収入があったと週刊誌に報じられています。どこか庶民なんでしょうね)
それは『庶民ではなくて只の頭の悪いチンピラ』と何が違うのでしょうか?自分の気に入らない、気に食わない事には難癖をつけて批判するヤクザとどこが違いますか?
次にポピュリズム(大衆迎合)だと言う点です。
まぁ一言で言えば『野党席で出来もしない寝言を言っていれば良かった』人達がいます。具体期には民主党を筆頭にした野党議員全てが当て嵌まるでしょう。
言葉だけの上っ面の綺麗事、個人の妄想に騙された有権者は彼らに騙されたと思います。
それはそうでしよう。彼らは『どうせ政権交代なんかしないんだから、好き勝手言っていればいいだけ』の仕事をしていたのですか、どれだけ美辞麗句を重ね、現実には実現不可能な空手形を切りまくっても良かったと。
……まぁ、そのツケは2009年の政権交代で、私達日本国民がその責の全てを負わされたのですが。
最後に朝日の記事に『無かった』ように、『自分達に都合の悪い事実は取り上げず、無かった事にしてしまう』事です。
彼ららの露骨な世論誘導、特に中国・韓国・北朝鮮などの特定アジアはそうですよね?
靖国に放火した韓国人は記事にせず、報道もしない。標語で日本人を差別して襲った韓国人による殺傷未遂事件も同じく。
つい先週、『竹島に韓国の軍隊が上陸して演習を行った』なんて事実、彼らは報道しないでしょ?それが、現実。
さてまとめです。
冒頭の質問、『どうすれば尊敬を集められるか?』の答えに対して、彼ら――恐らく、みの氏を筆頭とするマスコミはこう考えたのでしょう。
『既に権威(尊敬を集める)のある人間を貶めれば、俺達が尊敬される!』
そうですね。既存の普通に実績のあり、尊敬を集める人間達を貶め、批判する事で自分達の権威を高めようとしているのです。
だってそうでしょう?政治の知識もなく、只庶民目線(と言う名の無知な素人)達を番組へ出し、取り敢えず批判だけを言って対案を提示すらしない。
しかも自分達が攻撃される側になると、狂った世論だの同調圧力だの、自身が善人であるかのように、無辜な一般人であるかのように振る舞います。
確かみの氏のご子息が最低最悪の窃盗犯であったのかも知れません。みの氏自身のセクハラがなければ、それが追求されるのは筋違い――で、すら、ないでしょう。
もしこれが一般の、市井の方であればそうなんでしょうが、少なくともテレビに出て、公人としての多くの人間に影響を与えている方であれば辞めて当然です。
他人へ対して『漢字の読み間違いですら辞任しろ!』と言ったのですから、ご自身は如何ほどか、という事です。
……まぁ、これが今のマスコミの姿です。イオンのような大企業には逆らわず、みのもんた氏のような身内はセクハラであっても庇い立てる。
そしてまた、彼らを批判するのは私のような個人のブログだけ。これがマスコミの談合体質、馴れ合いと言わずなんと呼ぶのでしょうか?
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その際、一体何をすればいいでしょうか?何をするべきだと考えますか?
小説を書くのもいい手段ですし、絵画を始めるのも悪くない手段です。今ならボランティアに出かけるのも、被災された方にとっても良い選択肢なのでしょう。
ただし勘違いして欲しくない――というよりも、殆どの良識ある日本人の方はご存じでしょうが、『尊敬とは目的ではなく、個々が出した結果に対してついてくるもの』であると私は考えます。
今日の記事は“それ”を取り違えた人間のお話です。
みのもんた氏が幾つかの報道番組を降板し、バラエティは続行すると決めました。結果、残された番組のスポンサーには大量の抗議の意見が送られています。
(私も含まれます)
と言うのも何度か記事で取り上げているように、『みのもんた氏は次男の窃盗容疑が問われているのではなく、自身の生放送でのセクシャルハラスメントが問題になっている』と。
明らかに嫌がる女子アナウンサーの臀部へ手をやり、彼女が嫌がってセクハラをするみのもんた氏の手を払う様子が残されています。
元々みの氏のご子息が犯罪者だった以前に、ネットではこの事件が取り上げられ、スポンサーやTBSに対する追求がなされていました。
にも関わらず、みのもんた氏は番組降板の理由を次男にすり替えるという、卑怯極まりない手段で逃げようとしているのです。
さて、当然のようにマスコミ各社は全力でみのもんた氏を擁護します。
彼が『匿名の集団の妬みによって番組を降板せざるを得なかった、可愛そうな被害者』であるかのように報道し続けました。
実際にみの氏のセクハラには一切触れず、こんな記事を書く始末です。
政治断簡 スバッと迫るみのさん 政治家は恐れた 編集委員 前田直人(2013-1103)
(前略・読みやすいように適宜改行処理をしています)
みのさんの影響力を支えてきたのは何か。1990年代に増したテレビの政治への影響力は、小泉政権時代の2002年にみのさんが報道番組に加わってお茶の間目線をより強めた。
政治のプロと違って「あえて事情をわかろうとはしない姿勢」(下村健一氏)が、現状の不満を募らせる人びとに大いに受けたということなんだろう。
そんなみのさんの退場に、ホッとしている政治家もいると思う。「世論の顔色をうかがうばかりの『みのもんた政治』はもうやめた方がいい。ポピュリズム(大衆迎合)から脱却すべきだ」という声を、よく耳にしてきたからだ。
しかし、みのさん自身への賛否は分かれるにしても、人びとの不満の代弁者に対し、政治家が説得を試みること悪いことではない。
ズバッとものを言い、政治家が答える。その過程をわかりやすくしてくれるという意味で、大きな存在だったと思う。新聞記者としても見習うべき点である。
(引用終了)
実に興味深い事ですが、この記事には現在のマスコミの病巣が全て現れています。
まず『お茶の間目線』と『あえて事情を分かろうとしない』――つまり、テレビや新聞、自称ジャーナリストの皆さんは、
『政治や経済をちっとも知らない素人を持ち上げ、その意見をその天の声のように崇めてきた』
んですね。身に覚えがありませんか?
例えば『重要法案や経済対策の中身には触れず、カップラーメンの値段やほっけの煮付け、漢字の読み間違いで人格攻撃』するとか。
(ちなみにみのもんた氏は朝ズバだけで年間9億円の収入があったと週刊誌に報じられています。どこか庶民なんでしょうね)
それは『庶民ではなくて只の頭の悪いチンピラ』と何が違うのでしょうか?自分の気に入らない、気に食わない事には難癖をつけて批判するヤクザとどこが違いますか?
次にポピュリズム(大衆迎合)だと言う点です。
まぁ一言で言えば『野党席で出来もしない寝言を言っていれば良かった』人達がいます。具体期には民主党を筆頭にした野党議員全てが当て嵌まるでしょう。
言葉だけの上っ面の綺麗事、個人の妄想に騙された有権者は彼らに騙されたと思います。
それはそうでしよう。彼らは『どうせ政権交代なんかしないんだから、好き勝手言っていればいいだけ』の仕事をしていたのですか、どれだけ美辞麗句を重ね、現実には実現不可能な空手形を切りまくっても良かったと。
……まぁ、そのツケは2009年の政権交代で、私達日本国民がその責の全てを負わされたのですが。
最後に朝日の記事に『無かった』ように、『自分達に都合の悪い事実は取り上げず、無かった事にしてしまう』事です。
彼ららの露骨な世論誘導、特に中国・韓国・北朝鮮などの特定アジアはそうですよね?
靖国に放火した韓国人は記事にせず、報道もしない。標語で日本人を差別して襲った韓国人による殺傷未遂事件も同じく。
つい先週、『竹島に韓国の軍隊が上陸して演習を行った』なんて事実、彼らは報道しないでしょ?それが、現実。
さてまとめです。
冒頭の質問、『どうすれば尊敬を集められるか?』の答えに対して、彼ら――恐らく、みの氏を筆頭とするマスコミはこう考えたのでしょう。
『既に権威(尊敬を集める)のある人間を貶めれば、俺達が尊敬される!』
そうですね。既存の普通に実績のあり、尊敬を集める人間達を貶め、批判する事で自分達の権威を高めようとしているのです。
だってそうでしょう?政治の知識もなく、只庶民目線(と言う名の無知な素人)達を番組へ出し、取り敢えず批判だけを言って対案を提示すらしない。
しかも自分達が攻撃される側になると、狂った世論だの同調圧力だの、自身が善人であるかのように、無辜な一般人であるかのように振る舞います。
確かみの氏のご子息が最低最悪の窃盗犯であったのかも知れません。みの氏自身のセクハラがなければ、それが追求されるのは筋違い――で、すら、ないでしょう。
もしこれが一般の、市井の方であればそうなんでしょうが、少なくともテレビに出て、公人としての多くの人間に影響を与えている方であれば辞めて当然です。
他人へ対して『漢字の読み間違いですら辞任しろ!』と言ったのですから、ご自身は如何ほどか、という事です。
……まぁ、これが今のマスコミの姿です。イオンのような大企業には逆らわず、みのもんた氏のような身内はセクハラであっても庇い立てる。
そしてまた、彼らを批判するのは私のような個人のブログだけ。これがマスコミの談合体質、馴れ合いと言わずなんと呼ぶのでしょうか?
文責;弾犀@奇蹄類
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